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香水瓶の歴史#6 ギリシア時代のガラス
ギリシア文明は、ローマ時代とその後の全ヨーロッパの文明の基礎・源流となった大変高度な文明です。

ガラス瓶に関しては出土品が少なくガラスの製造が行われていなかったと考えられます(しかし、香料文化自体は盛んだったようです)。


アレキサンダー大王と東西文明融合


マケドニア(現ギリシア)のアレキサンダー大王(前356年-前323年)は、ギリシア国内、西アジア(エジプト、ペルシア)からインドに至る地域を短期間に征服し空前の大帝国を築きました。

征服した地域に対して東西融合政策を押し進めたことで知られています。集団結婚(対等結婚かどうかは不明)による民族融合やギリシア文化とギリシア語の浸透。

征服地から多彩な財宝や文物を持ち帰ることでオリエント文化を輸入し、多くの文物を東西に拡散させる結果となりました。

その中にはペルシア・エジプトなどで発展した香油・香料文化やガラス製造技術も含まれていたと考えられます。

オリエント文化のギリシア文化の融合はやがてヘレニズム文化として開花し、その影響は世界的な規模で拡大し、日本の法隆寺にも残されるほどものでした。


香料・香油文化の開花


プリニウス『博物誌』にはアレキサンダー大王がペルシアの首都陥落した際、宮殿から「香料の箱」を入手したという記載があります。それ以来、ギリシアでも香料・香油文化が開花していきます。

しかし、実際はアレキサンダー大王以前から東西交易は活発で、ギリシアでも香料・香油が使用されていたことが香油や軟膏の石器や土器・陶器の出土品から伺えます。

アレキサンダー大王以降に開花したヘレニズム文化は、神殿・建造物や彫像や陶器類に究極の造形技術の発展を見ます。

残念ながらガラス瓶の出土品はほとんどなく、ギリシアではガラスの造形技術の発展は見ることができませんでした。
(2010-02-15)
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